3月11日に起こった大地震。そして時を同じくして起こった原発の事故。
事故からの一週間は極力室内で過ごし、ニュースを注意深く眺め、インターネットで情報を探し、ツイッターでみんなの動きを見ていた。

いわき市内の人は屋内へ退避し、いわき市外へ避難する人もいて街なか閑散としていた。
たばこを購入するためにいわき市内を徘徊してやっと見つけたのは普段はまったく利用することがない小さなタバコ店。
その店緒を営んでいる老夫婦を見た時、過疎化した都市機能を維持しているのがお年寄りであることに自分自身のふがいなさと憤りを感じた。

そんな時にツイッターでは「いわきを助けて」「いわきを見捨てないで」という叫びが多い状態。
気持ちは分かるが、具体的に情報が伝わらないのではと思い、自分が見た行動をツイッター上に書き綴ることにした。
未だに放射線への不安がつづき先の見えにくい状態ではあるが、あの時のあの光景、出来事を後の世代に伝えて行きたい。

「3/18いわきの街で見たこと」 @chappiekun #iwaki_repo

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「被災者面すんのが疲れてきた」そう思って、今日は自転車で街に出た。知り合いが食料調達に困っているというので、調達のお手伝いに出た。 #iwaki_repo

私がいるのはいわき市平南白土。原発の事故による「屋内退避エリア」の外です。エリア外でありながら、街は閑散としている。風評被害で物資が入ってこず、ガソリンも枯渇状態だから仕方ない。 #iwaki_repo

待ち合わせ場所に向かう途中にはこんな自動車が。 #iwaki_repo

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あるお店に到着。そこで食料を譲ってもらった。待ち合わせをした方は家族できていた。女の子三人連れて。食料の受け渡しの際私の対応が悪かったのか、旦那さんの気分を損ねてしまった。 #iwaki_repo

気分を損ねた旦那さんは言葉を荒げて食料を受け取るとなにも言わず帰ってしまった。三人の女の子緊張していた。気さくに話したのが悪かったみたいだ。今後気を付けようと思った。 #iwaki_repo

気を取り直して、今度は大人用紙おむつがなくて困っている友達のため、スーパーなどを探すことにした。しかしどこもやっていないようだ。ダメ元でとある宗教法人を訪ねた。 #iwaki_repo

事情を話すと、届いていた物資の中から2つだけあった大人用紙おむつをわけて頂いた。コーヒーを頂きしばらく談笑した。信じる物は違っても同じなんだなと、なんだか心が安らいだ。 #iwaki_repo

その後自転車の友達と合流。道端で話していると、たまたま二人の友達もやってきた。しばし四人で話した。談笑していると60代ぐらいの男性が声をかけてきた。すこし酔っているようだった。 #iwaki_repo

その男性は平で銭湯を営む方だった。震災以後市内は断水している。そのためその銭湯の電話は問い合わせの電話が鳴り続けているという。もう電話は取りたくないと疲れ果てていた。 #iwaki_repo

友達4人の内の1人は、家族は避難したが、自分は入院している祖母が心配で残ったと言うことだった。家には双葉郡から被災してきた親戚と3人でいるらしい。今度風呂を貸してもらえるようになった。 #iwaki_repo

もう1人の友達は死者が出てニュースにもなったいわき光洋高校の避難所でボランティア活動をしていたそうだ。避難所はとても温かく、食料もあった。しかし、14人もの人が命を落としてしまった。 #iwaki_repo

なぜ14人が亡くなったのか?彼らは皆「双葉病院」にいた入院患者でどんな病気で入院していたのか解らない状態だったそうだ。避難所にはパンしかなく、流動食や点滴ようなものは無い状態だったという。 #iwaki_repo

なすすべもなく人がなくなる状態を目の当たりにした彼も相当参っている様子だった。今日はやっと自分の生活品の買い出しに来たそうで、スーパーで並んで買ったそうだ。私は持っていたガムを一枚渡した。 #iwaki_repo

4人でそれぞれの情報を交換しあい、近々どこかに集まって酒でも飲もうと約束をした。何か緊急の時は連絡を取り合うように確認もした。私と1人は自転車で小川に向かった。紙おむつを届けるために。 #iwaki_repo

平の街を走り抜ける。それにしても自動車が少ない。人通りも少ない。屋内退避エリア外であるにもかかわらず、私も含めみんながマスクをしている。天気はとてもよかった。何故かすこし笑いがこぼれた。 #iwaki_repo

同行の友達が小川の友達と連絡を取り、平窪のマルトで待ち合わせをすることになった。ガソリンの心配もあるので、もう少し小川の方まで行くと言ったのだが。15分ぐらいでマルト到着。 #iwaki_repo

ガソリンの心配があるのでもう少し進もうと言うことになり自転車をこぐ。程なく小川の友達と合流。紙おむつを手渡す。介護施設が物資不足で入所者を家に戻しているらしい。そのためおむつが必要だった。 #iwaki_repo

駐車場で3人しばし談笑。その時仙台で被災したいわき出身の友達から電話が来た。彼はとても元気そうだったが、知り合いが何人か亡くなったそうだ。彼の両親も無事でいわきにとどまっているらしい。 #iwaki_repo

電話で再会を約束し、小川の友達とも酒を飲む約束をした。私たちは平へ戻った。背負っていたリュックには紙おむつではなくお礼でもらった食料が入った。次にめざすは友達のいる九品寺。 #iwaki_repo

平へ引き返す。日は落ち始めていた。東の空、月がとても綺麗だった。犬の散歩をしている人がいた。その様子を見に出ている人がいた。知らない人だが、努めて挨拶をした。 #iwaki_repo

自転車で走りながら枝野さんがなぜかっこいいのかについて話し合った。答えは簡単。こういう時、官房長官は良くテレビに出て記者会見をするからだ。枝野さんは内心おいしいと思っている(笑) #iwaki_repo

九品寺近くのGSは車が並んでいた。みんなエンジンは止まっている。中には人。GSは開いていない。道路に面した墓地の塀は崩れて傾いていた。 #iwaki_repo

九品寺も多少損傷していた。でも街のコミュニティスペースとしての機能を維持していた。彼岸の入りだったが、人はほとんど訪れなかったそうだ。表には鉢植えの花が沢山あった。 #iwaki_repo

その花はお寺でやっている幼稚園の卒園式で園児に渡すための鉢植えだそうだ。 卒園式はできておらず。花が痛み始めているという。 #iwaki_repo

間もなく友達が戻った。お互いの無事を喜び合い、しばし談笑。いままで持ち合わせていなかったと思っていた、郷土愛について話し合った。もちろん、飲む約束をして九品寺を後にした。 #iwaki_repo

帰り道ひときわ明るい場所を見つけた。インド料理店 ムンバイは営業していた。うれしくなったと同時に「インド人すげー」と思った。映画スラムドッグミリオネアを思い出した。#iwaki_repo

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暗い街、平体育館のグラウンドは明るく輝いていた。ここは避難所になっている。金網に犬をつなぎ止めて犬をなでている人がいた。 #iwaki_repo

もう一つ明るいところがあった。平作町にある大盛り・デカ盛りメニュー店「中華のんき」。店内は賑わっているようだった。ここで自転車の旅を共にした友人と別れた。はらがへった。 #iwaki_repo

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そのままのんき前を走り出すととなりのお店も電気がついている!魚屋さん「伊藤水産」もう閉店のようだったが嬉しくて中に入った。刺身が売られていた。お店の人笑顔だった。 #iwaki_repo

気分良くアパートに戻ったら。家の被曝猫(仮名)にえらく怒られた。寂しかったらしい。ごめんよ。 #iwaki_repo

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たった半日で何日分もの旅をした気分だった。確かに人はいない。元気な人が沢山いる。明日も外に出よう。いわきのために。 #iwaki_repo