ph004_01.jpgお腹に子供が出来てからは、
ふたりは家でお昼を一緒に食べるようになった。

夕方少し前にマスターは経営するバーへと向かい、エミさんは家でゆっくりと過ごす生活。結婚して1年半。お腹の赤ちゃんも健やかに成長し、平穏が日々を包んでいた。

その日もふたりは一緒にお昼を食べ、後片付けを終えたところだった。

ぐらり、と部屋が傾き、またたくまに大きな揺れとなって部屋を襲う。食器棚の扉が空いたまま倒れ、食器がガシャガシャと割れて散らばった。棚にあった結婚指輪を取ろうと必至に手を伸ばす。さらに大きな地震が立て続けに起こった。エミさんは泣いてしまう。涙が溢れてきて止まらなかった。

「貴重品だけ持って外に出るぞ。」マスターの冷静な声が部屋の空気を現実に戻した。緊急災害時準備が好きだったというマスター。愛読書、さいとうたかを「サバイバル」。常に危険はそこにある。先月のニュージーランドの地震時に、ある程度の地震時のシュミレーションは済ませていた。友人が結婚祝いで贈ってくれたスペシャルな震災グッズも家に常備してある。「とにかく生きること。生きていれば何とかなる。」最低限の貴重品を整えると、エミさんを連れて外階段を使って地面へと降り、安全な場所へと避難をした。

揺れが落ちつき始め家に戻る。断水だが電気は通じ、冷蔵庫に食糧があることも確認。マンションも無事だった。近所の友人が彼の家に集まり、ニュースやネットで情報を集めながら朝まで寝ずに過ごした。その翌日から、スーパーや水の調達を友人達と分担して走り回っているうちに、あっという間に時間が過ぎていった。

「家の中でも靴を履き、すぐに出られる服装をしていましたし、髪を川で洗ったりはしましたが、避難所にいかず自宅にいられるのは幸いでした。普通の休みの日の家での生活と変わらなかった。」

断水生活に慣れていく一方で、原発のニュースは日に日に深刻になって行った。原発の1号機が爆発、さらに3 号機が爆発する。「避難しよう」そう決めたのは13日の夜のことだった。エミさんの両親とともに翌夜にまずは茨城の高萩に避難。お腹の子どものことを考え、埼玉の川口市にいる弟のところへの避難を決めた。「原発問題を詳しく知っている訳ではないし、大丈夫かどうか分からないならとりあえず離れよう。」

しかし、避難先に向かうマスターの心中は苦渋だった。彼の父は透析をしていて病院のあるいわき離れることが出来ないのだ。余震も続いていた。「最悪もう二度と会えないのかもしれない。」残して来た両親への思いを抱えながらの避難だった。

埼玉に移ったふたりは、弟の家で家事や食事作りをし、明るい間は外を散歩したりして過ごした。エミさんの定期検診をするために探した埼玉の産婦人科で赤ちゃんの性別が判明。男の子だった。産婦人科の先生は、福島から来た彼らに「少しでも元気の元になれば」と3D の胎内写真や映像のDVD をプレゼントしてくれた。たまに、避難して来た人同士で連絡をとりあい集まって話をした。

一週間程して朗報が入る。石原都知事が透析患者受け入れを開始したのだ。マスターは胸を撫で下ろす。東京への父母の避難が決まった。また同じ頃、大田区の叔父の家に彼らも移動する事になった。川口から東京へ拠点を移し、避難先での生活が続いた。

「散歩ばっかりしてた。」 
「埼玉でも東京でも毎日2、3時間は歩いてたよね。」

「やることないし。」 
「ひたすら、やることない。」

「自営業だから、会社からかえってこいといわれることもないから帰るタイミングがわからなくて。いつ帰ったらいいのか、どうしていいか、全然分からなかったな。」

その頃の東京で得られるいわきの情報は不安を伝えるものばかりだった。
日々、原発情報。
"いわきには人がいません。経済がまわっていません。人が住める状態じゃない。"

もういわきには住めないのかもしれない。そんな思いが2人の頭の中に揺れていた。


「ブラブラ。」 
「ブラブラ。」

「でもふたりとも行った事のない街だったから。なにやっても楽しいし。散歩しているだけで楽しかった。」
「うん楽しかった。お店を見つけてランチ行ってみようとか。余震も少ないしそれだけでも精神的に楽だった。」

「焦ってもしょうがないし、いわきは好きだしいわきの人たちも好きだけど、住めないんだったらしょうがないってね。」
「私は両親がいわきにいるし、出来ればいわきで子供生みたいなって思ってた。でもそうも言ってられない。」

「気兼ねなく散歩も出来るし。東京には東京のよさがある。」
「親戚もにぎやかで毎日晩酌したり、心配もなかった。」

「プリンのココットとかみてこれ欲しいね、とか、お店をやる前提でいろんなものを見て回ったりして。」
「明るい未来の想像だけ。」

「こんなに一緒に生活した事無い位一緒にいたよね。日中から一緒にいる生活。いままでなかったよね。」「そうだっけ。」

「たのしんでた。」
「うん。たのしんでた。」

彼らの気持ちは徐々に覚悟へと変わって行った。どこであっても、自分たちの道を生きて行こう。3週間が経ち水道が復旧したとの知らせが届くと、いわきの部屋を引き払う事を決め、一時帰宅することを決意する。

まだ彼らの妊婦の友達や子供いる友達のほとんどは県外に退避していて、お腹の子供や母体への影響の不安も拭いきれなかった。それでも、未来に向かうために、ふたりは動く必要を感じていた。

「ひとまず部屋を引き払おう。やれることやろう。何かはじめないことには前に進めない。いわきに住むなら実家でみんなで住もう。手続きしているあいだ、二週間でも三週間でもこっちにいるならお店開けよう。もし本当にだめだったら東京ではじめればいい。」

高速を車で北上しいわきへ。そこで彼らを待っていたのは、予想外の光景だった。

「車も普通に走っている!人も普通に暮らしている!」今までと何ら変わりなく見える街。東京で抱いていたイメージとはまるで違っていた。

「帰って来てみたらみんな普通に生活してて、それですっかり安心しちゃいました。」「その慣れが恐いけど、今は原発の話は日常生活の中で出さないんです。ニュース見てても気分的によくないから、あえてしない。するのは明るい話だけ。いざとなれば相談乗ってくれる人がいるので不安はありません。」

「まあ、こうやって状況なんてすぐ変わるから、それに対応して生きる方が今は一番生き残るんじゃないかなっていう、楽観的な刹那主義。」

マスターは集まった友人たちと店を片付け、数週間ぶりにバーを開いた。
ふたりの日常が再び動き出した。

「東京に行って次々とやりたい事が見えてきたんです。同じ業種の店を見て回って凄く経験にはなりましたね。人の考え方、物理的な物の流れ。いわきを取り巻く環境は変化したと感じます。来るお客さんが前より充実した、密度の濃い毎日をすごしているなあと、大事に毎日働いてるんだなと感じます。
お客さんの顔ぶれは変わりました。見る景色も変わりました。営業時間も全体的に短くなっているから、引けも早いです。」

少し目を細めながら、マスターは窓の外を眺めた。横でエミさんがほんのりと和らいだ表情を浮かべる。

「このままこの生活がずっとつづけばいいな。普通の生活ができるといいな。このままお店が普通に営業出来て。子供が無事に生まれて。元気で砂場で遊んで、泥まみれになって帰ってくるような。そういう環境に戻るか、だめならだめで、問題ない場所にたまにでも連れて行ってあげたりして、環境を作ってあげる。この子が元気に育つ社会だったら、私たちもきっと楽しい社会だから。強く生きてほしい。生まれてくる子供の名前もそういう意味も込めてつけてあげたい。」

「きっといい国になると思う。僕ら一生懸命頑張って作っていくから、安心して生まれて来てほしい。」マスターは力強い笑顔を見せた。

7月の終わりには、新しい命が誕生する。

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