テレビやネットから、いわきの情報が流れ続け、気持ちがどんどん塞いでいった。
『車もあって元気なのに、私は一体ここで何をしているんだろう?』
夫と両親と共に、いわきから高円寺の親戚の家へと避難していた早夏さんは、ある決意を固めた。

「いわきに物資を届けに行こう」

放射能の情報が錯綜し、余震もまだ続く2011年3月後半だった。家族は当然のように反対した。彼女自身も不安が無かった訳ではない。手持ちのお金も少なく、物資も自家用車に載る分しか運べない。しかし、彼女は決断した。一時的に戻りすぐに引き返すことを条件に家族の許可をとりつけ、twitterで物資を募る呼びかけをしたのだった。

"高円寺の北口で午後1時に物資を募集します"

駅に着き、彼女は驚きと喜びでいっぱいになった。冷たい雨の中、既に2人の女性がパンパンの紙袋を抱えて立っていたのだ。その後も次から次へと人々がやって来て、物資は瞬く間に山のようになった。段ボールに物資を詰めてマジックで中身を書く仕分け作業が集まった人々の間で自然と始まる。「物資を運ぶトラックの手配をした方がいいよ」との助言が入り、早夏さんは"走り屋あつまれ!"と再びtwitterで呟いた。すぐに数人から返事が入った。知人がいわきでの物資置き場として倉庫を貸してくれることも決まり、驚くほど順調に、物事が進んで行った。

夜7時、トラックが到着。物資を積み込んだトラックの後を、荷物でぎゅうぎゅうの自家用車に乗り込んだ早夏さん達が追った。つい数日前まで生活していたいわきへの帰途だった。

翌朝、倉庫に集まってくれた数人での荷解きをしていると、杖をついたお年寄りが通りかかった。遠いスーパーまで食料を買うために歩くというので、彼女たちは物資のお裾分けをした。それから口コミで物資の配布の情報が広がっていき、間もなく、この倉庫は地区の支援物資の配布拠点となり、ここを中心とした一つの大きな流れが生まれていったのだった。

結局、早夏さんは東京に戻らずに活動を続けた。東京にいたときの方が怖く感じ、いわきで生活してみると意外と普通だったと言う。その活動で繋がったNPOと一緒にボランティアセンターを立ち上げ、そこから瓦礫撤去や側溝の土砂取り作業などへの派遣が始まるなど、緊急支援から復旧・復興支援へとシフトしつつ、倉庫に集まった仲間達との絆を深めながら、様々な活動への広がりを見せている。

「何をやるか、ではなく、やるかやらないか。最初は誰しも"無力"だと思う」

大きなアクションに繋がるきっかけとなった、小さな行動への勇気は、今までの彼女の生き方にも貫かれているものだ。彼女が数年前ゼロから立ち上げてきたフェアトレードのコーヒー販売事業も、コーヒーを一杯飲むと、それが繋がり、いつかどこかで誰かのためになる。「些細だと思う事こそ、みんながそれぞれにやり、それを続けて行くことで、活動や影響の輪が広がっていくんだと、今回の震災を通じて改めて感じました」と彼女は言う。

「瓦礫や側溝の土砂を取り除いてあげると、水が流れ始める。元気な人は動き、今まだ大変な中にいる人はそのサポート受けていけば、物事は回り始めるんじゃないかなって。どんな震災でも人の力でどうにかやってくしかないんだと思います。

私たちの活動は、いわきの小名浜という小さな地区でのご近所づきあいの感覚でした。大人用のおむつとか、切実にモノが無い時は、大きな災害であっても、小さな動きが一番機能する。大きな組織に集約しすぎず、頼りすぎず、地域ごとに動くことが大事なんだなと思いました。

原発については、私自身は今までは、原発がある、お店がある、工場がある、ってその程度でした。そこに住んでるのが危険かどうか考えてもいなかったですし、年に1回いわき市ですと一世帯4千円程度お金が振り込まれて『あ、ラッキー』とか、原発の麓の街に行くと、公園とか小学校が立派で『いろんな恩恵受けてるんだな、得だな』とか、本当にそんな程度なんですね。今回の地震で事故があって、じゃあ反対か?って言われると、反対にはなりきれないっていうのが正直なところです。少なからずここの地域の人達は恩恵を受けていたし、親しい人たちの中にも原発で働いていた人もいますし、その周辺の街で雇用が生まれ、お店が増え、人が来て、というようになっていたので。

その後の対応の仕方や状況そのものに対しては反対ですし、こんなリスクを負ってまで頼らなくても、電気が無ければ無いなりに生活していってもいいんじゃない?って思います。節電とかそういう呼び方じゃなくて、生活そのものを変えて行く気持ちを持たないと、エネルギーを新しいものに変えるのは本当に難しいと思う。

私は、ドライヤーに使う電気がもったいなと思って髪切りました。旦那さんは、震災後はずっと自転車で会社に通ってます。何となくそんなレベルで、みんな変わってるんじゃないかな」

彼女は、震災をきっかけに繋がった仲間と、MUSUBUという地域活性プロジェクトを2011年4月に立ち上げた。

「気持ちがあたたかく、ネットワークも強く、見ている方向が似ている仲間とともに、楽しくて仕方ないような、みんなが精神的にも経済的にもハッピーになっていくような、福島から世界へ発信していけるワクワクする企画をいっぱいしたい。そして、私自身もワクワクしたいなって思ってます」


■福島県いわき市地域活性プロジェクト【MUSUBU】
http://www.musubu.me