ph_003_01.jpg海が見える高台にその別荘は建っている。

夏になると近所の人たちが集まってバーベキューをしたり、ビールを飲んだりしてひとときを過ごす憩いの場所。実はこの建物は、持ち主が"災害の備え"として建てた別荘である事は津波が来るまで誰も知らなかった。

実際に津波がこの地域を襲い、高台の別荘は多くの人の避難所へとその姿を変える。電気を自家発電し、井戸から水を汲み、備蓄の食糧で炊き出しをし、自分たちで仮設トイレやお風呂も設置した。震災の直後から、ここでは驚く程不自由のない生活を避難者は過ごす事が出来た。

その1人である彼女はここで集団での避難生活している。多い時は130人。現在は数十人での共同生活だ。彼女の家は流され、戻る場所はもうない。

「ここ数年ねえ、水位あがったよねえって話してたんだよね。高潮になると、堤防の隙間から水が吹き出して来てね。昔はこんなじゃなかったよねえ〜って。もう水しぶきが凄いのよ。ざぶーってくるから、来んならこいやあ〜っていう人もいてねえ。

でもほんとに来てねえ。まさか本当にねえ。

その時は犬が地震でびっくりして逃げちゃって、地震のあと浜辺に犬を探しに行ったの。犬は仲間3匹と波打ち際にいたよ。ひとまず連れて戻って来たら、区長さんがはやくにげろ〜!ってまわって来て。近所の人とどうする〜?逃げる〜?って言ってね。実感としてわかないのね。でも区長さんが、にげろにげろってね。それで90歳になる母を迎えに行って高台に逃げたんだけど、随分早くきちゃったなあ〜、津波本当に来るのかなあ、ずいぶん時間あるなあ〜なんて。まだ全然実感湧かなかったんだよね。

ph_003_03.jpgそこから海が見えて。

海がいままでみたことないくらい引いて行くのよ。わーーーーーって。もう随分沖まで引いて行ってねえ。これはチリ地震以来だ〜って。これだけ引いたら凄いの来るぞーって。来たよねえ。

私の家が何の抵抗もなくさあ〜って流れて行くのが見えたよ。屋根裏だけがプカプカ船みたいに浮いてたんだ。」

その後、高台に避難した人々は近くの養護施設に集まった。電気も水道もすでに止まっている。夜が迫る中、ろうそくを立て、集まった人々に段ボールを配り、バケツに水を準備してトイレを流せるようにみんなで相談した。

しかし施設側では、患者と合わせての避難者の受け入れの限界があった。どこか当てがある人はそこへ行って下さいと告げられる。家はすでに無くあてなど無い。途方に暮れた時、その別荘を使ってくれとの申し入れがあった。その場にいた100人以上の人々がすぐにその別荘へと移る事になった。

持ち主は自家発電機を倉庫から持ち出してきて別荘の庭に設置し発電を開始。ライトを繋ぎ部屋に明かりが灯る。炊飯や携帯の充電も出来た。発電用の灯油も5カンくらいあることが確認された。井戸水もあり、お米も何俵か備蓄してあった。

避難所にいる人々で協力して少し建物から離れたところにビニールシートで覆った手作りの仮設トイレを作り、車いすの人のためにはあまり移動せずに済む特別のトイレを作ったりもした。外に風呂釜を設置し、まわりをビニールシートで囲った仮設浴場が完成。夜は、廊下も玄関も人が足の踏み場もないくらいに身を寄せ合って眠った。

彼女は毎日、避難所の人たちのご飯を作るために、朝から晩までおにぎりを握った。

「無償の愛っていうのかなあ、本当に凄いよこの人は。頭が下がるよ。もう何でもあるものは出してきてくれてね、みんなで使わせてもらってね。水も電気もこの地域は1ヶ月以上通じなかったのに、ここは何不自由無くテレビまで見れちゃったんだもの。本当に凄いよね。」


そして一ヶ月。彼女は今、ここを離れることを考えている。

「道路はさんで向こうとこっち側とまったく違っててね。海側は流されちゃったり、直せば住めるっていう人もいるんだけど、堤防が壊れちゃってるから不安で生活して行けないしねえ。一方陸側は普通の生活してて。火鉢どうするんですか?もう使わないですよ。じゃあもらってもいいですか〜なんてね。めぼしいものはもらおう、みたいなね。ああ、もうだめだーと。朝早く散歩に出ると、旦那さんが庭木の手入れしてたりするわけ。

道を挟んだだけなのに、陸側はもう普通の生活なんだよね。これからみんなで頑張ろうと言っても、それがちょっと辛くてね。アパート借りてまったく別のところに行こうかなって思ってる。」

安心な高台に移住して集落を作ったらいいねといった話もしたりするそうだ。しかしそれは彼女たちのためではなく、若い人たちを思っての話である。彼女達にとっては、徒歩での上り下りが大変な高台は、決して住みやすい場所ではない。

津波による工場の喪失、原発事故による放射能汚染で、この地域の蒲鉾などの海産物加工を始めとする産業は壊滅的な打撃を受けた。新しい産業と安心して住める場所があれば、仕事や家を失った若い人たちが、再び戻って来れる。


「理想?そうねえ。少し歩けばバスに乗って街に行けて。友達に会えるような場所で、医者にもすぐかかれて、映画も見たくなったら行けるような場所。」

それは、彼女が今まで住んでいた場所そのものだった。

「まあ定年後で仕事もないしね、どこに行ってもいいんだー。」

そう言って、彼女は笑った。