立て替えの時期を迎えていたいわき市立総合磐城共立病院の建物には、揺れの度にヒビが入るのが見えた。
病院の全スタッフが患者さんを担ぎあげながら外へ避難させ、ヘリコプターや救急車での移送など患者の安全性確保に必死に動いた。
そして、原発の事故が伝えられた。
産婦人科の本多つよし医師の元には、日本産婦人科学会から「分娩は出来るだけ原発から遠ざけるように」との指針が届く。
妊婦さん達も含めた移送が慌ただしく続き、若い医師もその移送ヘリコプターに無理矢理押し込んだ。

ph_photo_t016.jpg残る50代の医師が中心となって朝夕会議をし、地震、津波、ライフラインが断たれた中でもトラブルが起きないようチームワークを図る。
原発事故の影響で水道工事が遅れ、いわきへの物資輸送が止まり、医薬品が不足し始める中、移送から戻るヘリコプターや職員が車で探し集めた物資や医薬品で医療を続けた。国からの援助も入らない状況下、以前病院にいた医師が車で医薬品を運んでくれた時のことも忘れられない。
本多医師は、妊婦さんの受け入れ先病院との連絡、いわきにいる人々への治療やお産、不測の事態にも備え、病院に寝泊まりしながら対応にあたった。

その後、市の保健所長がイニシアチブとり、『市民の不安を取り除くのが第一』と市民への安定ヨウ素剤の配布が決まる。メルトダウンしていないとの情報から、あくまで安心のための配布だった。後から明らかにされた事実に背筋が凍る。
「我々は発表される情報をもとに判断するしかないんです。情報の隠蔽が人的災害だと思う最大の理由です。」と本多医師は話す。
発表される情報の不確実さ、隠蔽があったと分かると、本当はもっとあるんじゃないかと思うのが人間の常でもある。何が安全で何が危ないのか分からない。
引っ張ってくれるはずの政府・行政を信じる事が出来ないから余計に人々が不安になってしまう。

「何をしたら住民の不安が取り除けるのか?どうしたら安心出来るのか?を考えて行政その他は動くべきです。

「安全」と言われても「本当にそうなのか?」という思いは残ります。
ホットスポットの問題もある。子ども達の方が感受性が高いとも言われる。また、僕らがどれくらいの放射線を浴びているのか実際は誰も分かっていない。ストロンチウム等に関する情報もない。子ども達のことを考えると、少しでも線量を下げ、早期発見・早期治療という観点で疾患を見ていく、ということしかないんです。
お金がかかるけれども、きちんとした除染、検査、対応をし、外部・内部の被爆量を下げる努力と健康チェックをしっかりやっていくという背景を持てば、人々はもっと安心するだろうと思います。」

本多医師は、国の依頼を受けて母乳中のセシウムやヨウ素の測定をした。
いずれも問題になるような数値は出なかった。それは、母乳の元になるお母さんの体も被爆していないだろうと想定出来る一つの安心材料になった。
ただ、子どもを育てて行く環境に関してはもっともっと様々なデータを集める必要がある、と本多医師は言う。

「一番多く聞かれるのは「今産んで大丈夫ですか?」という質問です。
国際基準に照らし合わせれば大丈夫ですし、"多分"大丈夫だと思ってますけれど、"絶対"とは言い切れないですね。

僕は、発ガンに関する実験や勉強をしてきましたし、いろいろ先生方の発言、マスコミ、本、インターネット等でも勉強しましたけれども、放射線を受けてガン化するという明確なメカニズムの研究結果はまだ無いんです。分かっていない部分が多いんです。放射線や分子生物学的の研究者の方々がしっかりと議論をして見解を示し、人々の理解が得られるような状況を作らないと、不安を煽るばかりですよね。

人間の細胞は通常の状態でも遺伝子変異を起こしていますし、人間にはその変異した遺伝子を修復する力も備わっていることを考え合わせると、放射線によってその特殊な遺伝子に変異が起き、なおかつガン化に繋がるというのはそうめったなことではないと僕は考えています。また放射線以外にも、子宮頸癌のヒトパピローマウイルスだったり、肝炎だったりピロリ菌だったりタバコだったりと、世の中には発がん性のものはいっぱいあるということも平行して理解する必要があると思っています。

タバコやめた方がいいよ、子宮がんになるから不純異性交遊をやめなさい、入れ墨するとC型肝炎になって将来ガンになるよって言ったって、そうそう止めないのが人間の性です。それでいて放射線だけに騒ぐ、不安にかられてしまうといういうのはあまり得策ではないようにも思います。

お母さん達には、露地物ではないものを赤ちゃんやお子さんに食べさせた方がいいとは言ってますが、もともとおにぎりにもカリウムや炭素という放射性物質が入っているし、我々一人一人だって放射線を出している訳です。
地球という中で生きて行く中では放射線というのは避けて通れないことなんですよ。それを拒絶して家の中でじいーっとして水も飲まない食べ物も食べないと人間は死んでしまう。結局どっちのメリット・デメリットかで考えるしかないんです。

自分に都合のいい話が本当とは限らない。だからこそ自分で得た情報を判断することが大事なんです。僕は僕なりの判断は持っています。安全であると思ってます。それは僕の判断です。人の意見に左右されずに、自分で判断する知識を持って、自分の中に基準を持つ事です。

もちろん、判断できない、分からない事もいっぱいあるし、すべてが科学で解明されてはいないので、考えても答えが出ないことも多々あります。
僕はそれは「仕方ない」と、その言葉をポジティブ・ワードとして言っています。もう自分の運命ですからね」


第二次世界大戦の時から変わっていないように見える国と人々の在り方。病院で状況と闘いながら、ダムで沈んで行く村の人の気持ちが分かる気がした。
自分の故郷が汚されていく、無くなっていくと感じた。今更どうすることもできない。寂しさのようなものが残った。


「人間は頭がいいと思っちゃってるんですよ。でもこの生活を維持出来たのは発明の積み重ねのお陰ですから、すべてに文句を言うつもりは毛頭ありません。
国力を維持するためには、電力も維持されなきゃいけないとも思います。ただ、防げた部分があったとしたら将来に向けて覚悟を残すべきだと思います。

日々が一変してしまったんです。ふざけんなって思いますよ。

いい事ばっかり言ってるのが政治じゃない。しっかりと本当の事を言ってまわりの理解を得ていくことです。もちろん判断を出来なかった僕たちの責任もある。僕たちも判断する目を持ち、リーダーをしっかり選ばなくてはなりません。

日本全体の現状も見て行く必要があります。
小麦や石油価格の上昇、輸出は低迷、円高、国内産業の流出、今のままだと、私たちのこの生活もあと10年もたないですよ。

そんな中でどうしていくか?国内での自給自足を高めることです。まさに東北はその生産地でもあります。いわきがまた生産の拠点になれるということが日本全体の復興の一歩でもあるんです。風評被害も含め、産地としての安全をもう一度回復するという観点からも、除染はとても大事なことです。

同時に産業基盤を作ってここに人を確保し、人を育てていくことです。それが将来のいわきのためでもあり、人々の健康を守ることにも繋がります。
産業自体が崩れてしまうと、生活基盤が無くなった人がここを去り、廃れ、医療レベルも低下します。

また一方で、出産や命を守る仕事をしている中で、高齢出産が進みすぎていることを危惧しています。難産の増加を目の当たりにしていると、もっと早い段階で結婚して子どもをつくることが大事だと痛感します。
そして、子ども達の教育の問題。"楽"を求め過ぎている人々、離婚による子どもへの影響、生活保護者の増加、そのことによる労働意欲の低下の問題も深刻です。

もう一度、命を、根本として人間が培ってきたものを見直す。意識をしっかりと生活基盤の方に向けていく。それが結果として人口の減少や国力の低下にも歯止めをかけることにもなると思います。

ここから前を向かって生きるには、将来の子ども達のためにリセットし、よりよい未来になるよう僕らが少しでもいい方向に持って行って、我々の子どもの時代、さらにその先の時代も、人々が安心して住めるようにして行かなくちゃいけない。

今のためではなく、未来のためにお金を使うことです。
未来がどうなっていくかは、ここにかかっているような気がします」